先代家元、即中斎宗匠|高額査定を受ける為に知っておきたい事前知識・価値
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先代家元、即中斎宗匠

平成23年は先代家元、即中斎宗匠(1901~1979)の33回忌の年でした。即中斎宗匠は、12代惺斎宗匠(1863~1937)の後を受け、昭和12年(1937)に家元を襲名されました。
戦前の物資の乏しい時代を経て、戦後の茶道界の復興、そして今日の隆盛へと尽力され、昭和の大茶人として多大な事績を残されました。 先代の遺徳を偲び、御染筆の掛物をはじめ、手造り、自作の道具など宗匠の温もりを感じる道具の展観を開催いたしました。昭和という時代に生まれた様々な茶の湯の道具をご覧いただきました。
茶道表千家十三世家元。京都生。表千家十二世惺斎の次男。幼名は覚二郎、号に無尽・清友軒。慶大文学部及び京大史学部選科卒。昭和11年兄不言斎が急逝、さらに翌年父惺斎の死去のため、同年家元を継ぐ。
戦時体制下、また戦後の混乱期にも静かに古格を守り、茶の普及につとめた。著書に『即中茶記』等。昭和54年(1979)歿、77才。先代のお家元即中斎宗匠と私の父鈴鹿隆信が旧制京都一中で同級生でして、大変親しくさせていただきました。父は即中斎宗匠のことを大変尊敬しておりまして、いつもお誘いをいただいては、喜んでご一緒させていただいておりました。
私の家では私が子供の頃から毎朝母がお茶を点て、父をはじめとして家族皆でいただくというのが当たり前の習慣となっていました。父が即中斎宗匠と仲良くしていただいていたおかげと思っております。
即中斎宗匠が昭和54年に亡くなられ、父は大変がっかりしておりました。翌55年に父も亡くなりました。私は父の会社を継ぎ、而妙斎宗匠もお家元をご襲名なさって、父が存命の時と同じようなお付き合いをしていただいております。
現在も当時の習慣が続いており、妻が母に代わってお茶を点ててくれ、娘とともに朝の一服を楽しんでおります。一日の中のほんの短い間ではありますが、ほっと息をつくことのできる掛け替えのない瞬間です。即中斎の作品はコチラよりご確認下さい。
  • 雪即中斎
  • 月即中斎
  • 花即中斎
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