榛名山を背景に女性を描いた掛軸|高額査定を受ける為に知っておきたい事前知識・価値
絵画 買取

榛名山を背景に女性を描いた掛軸

美人画で知られている『竹久夢二』 子供さん達の名前までは知らなかった。先日リサイクルショップで、木製の古そうな額を見つけました。見ると多分、右下角から落下したようで、ガラスが割れ透明アクリル板に交換され、額の細工が破損しているのをホチキスで裏から何とか留めている状態。中に入れてある色紙には、『竹久夢二風』の水彩画が描かれていて斜めになったまま。 竹久夢二 買取
売価を見ると980円だったので、絵の事など全然気にせず購入して保管していました。数日前、額を直し違う絵(テディベアの絵)を入れようと裏板を開けたところ、面白い名前を発見しました。最初、色紙裏左下に『竹久 虹之助』と書かれている名前をみて、誰かが『竹久夢二』の美人画風にまねて描き、ジョークで名前を書いているんだと思いました。
でも、なかなか綺麗で上手い絵だし、何より筆で書かれている名前の字が趣があったので、とりあえずインターネットで名前を検索してみました。画家、詩人。明治17年9月16日、岡山県邑久(おく)郡本庄(ほんじょう)村(現、瀬戸内市邑久町)の酒屋に生まれる。
本名茂次郎。神戸中学校を1年生で中退、一家は九州八幡(やはた)(現北九州市)に移るが、夢二は家出して上京し早稲田(わせだ)実業学校に入る。1905年(明治38)同校本科3年を卒業して専攻科に進み、荒畑(あらはた)寒村らと交友、また白馬(はくば)会洋画研究所に通う。
同年、『中学世界』に投稿のコマ絵、『ハガキ文学』に応募の図案が入賞し、学校を中退する。また島村抱月主宰の『東京日日新聞』の「月曜文壇」や『早稲田文学』ほかでも活躍。1907年、日刊『平民新聞』に風刺的コマ絵や川柳(せんりゅう)などを寄せ、また新婚のたまき夫人をモデルにいわゆる夢二式美人を創始した。
1909年の『夢二画集 春の巻』以後、夢二画集や詩画集を続々と刊行して世の青春層を魅了し、また『どんたく』に収められた短詩『宵待草(よいまちぐさ)』は、のち夢二が多数装丁したセノオ楽譜の一冊として刊行され、全国に普及した。掛軸 買取
  • 黒船屋竹久夢二
    黒船屋
  • 雪の風竹久夢二
    雪の風
2013年5月7日放送 |開運 なんでも鑑定団「IN 東京都世田谷区」 
竹久夢二の色紙絵
●竹久夢二の色紙絵
●鑑定士(田中大)の出した金額:\3,000,000
【鑑定士総評】
非常に出来の良い物。憂いを帯びた女性を描き、奥に見える山はおそらく榛名山。印章には「愁人山行」とあるが、左下が欠けている。これは大正時代末に欠けたと言われているのでこの絵が昭和初期に描かれた物とわかる。余白がなく、全体に絵具を塗っているのは夢二がよく用いた手法。
査定無料お気軽にどうぞ美術品のご売却は、美術品買取専門のアート買取協会へ。6つの強みで安心とご満足をお届け致します。絵画・美術品売却はこちらから無料買取査定フォーム

この情報記事と内容が近い情報記事をご紹介しております

女性ウィッグ 通販

美術品買取の地域|出張無料査定

北海道
|青森|岩手|宮城|秋田|山形|
|福島|茨城|栃木|群馬|山梨|
東京神奈川|埼玉|千葉|
|新潟|長野|富山|石川|福井|
愛知|岐阜|静岡|三重|
大阪|兵庫|京都|滋賀|奈良|和歌山|
|鳥取|島根|岡山|広島|山口|
|徳島|香川|愛媛|高知|
福岡|佐賀|長崎|熊本|大分|宮崎|鹿児島|
|沖縄|