ポートランドの壺|高額査定を受ける為に知っておきたい事前知識・価値
絵画 買取

ポートランドの壺

ウエッジウッド・・・もしかしたら、日本人が一番好きな、英国陶磁器メーカーかも知れませんね、1759年にジョサイヤ・ウエッジウッドにより、創設されました。
その人となりをお勉強すると、うちに何気なくあったジャスパーの小物でも、花瓶でもより愛着がわいてきます。もっと素敵に飾ってあげなくちゃ・・・
ジョサイヤは1730年に陶工家の父と教会関係の仕事をする母の元に13人兄弟の末っとして生まれます。でも、彼が小学生の時に父が死亡、学校は中退して、兄が受け継いだ父の事業を手伝う事になります。
さらに10歳少々の時には天然痘にかかり、右足が不自由に、10代最後頃には切断する事になってしまいました。というように決して幸せな幼少期ではなかったようです。
足も不自由な事から、足踏みろくろを回すこともうまくできず、実践では役に立たず、土などの研究に没頭していきます。その後は、色々な運命の出会いがあり、彼を成功への道へと導いていきます。
その一人はやはり、従姉で、初恋の相手、奥様になったサラでしょう、そして、大金持ちで知識人、色々なコネクションを持った、トーマス・ベントリーとの出会いは、
ウエッジウッド社には無くてはならない存在です。出会いばかりではなく、ジャサイヤの研究熱心さと、努力、優しく素直な心を持ってして、やはり、数々の成功があるのだと思います。
数々の成功の一つがジャスパーウエアー。4年の歳月をかけて、納得できるブルーを出すために1万回の失敗を経て、出来上がったジャスパー!完成は1774年。
こちらが、紅茶師匠の貴重なコレクション1870~1890年ころに作られた、本物のポートランドの壺と同じサイズのもの、 底部分にもカメオ柄があるのです!
このような状態の良いものは、世界にそうそう数は無いと思います、それがこんなに目の前に!!このウエッジウッド社のマークにもなっている「ポートランドの壺は」
元は西暦25年頃にローマで作られた、カメオガラス、陶器に見えて、実はコバルトブルーのガラス製だったんですね。それを見たジョサイヤが惚れ込み、同じものを、陶器で再現したいと思ったことが,ジャスパーウエアーでポートランドの壺を作るきっかけとなっています。
ローマからイギリスへ持ち込んだ、ポートランド公爵家の持ち物であった壺を一年間限定でジャサイヤは借りる事ができ、 製作活動に入ります。そして、ジャスパーウエアーのポートランドの壺が1790年に完成します。
ジャサイヤの最後の仕事となってしまいます。ウエッジウッドマークの壺にこんな歴史があったなんて・・・うちの母のコレクションにこんなものもありましたが、壺はありませんでした・・・やはりポイント外してる?!
でも、右奥のウイスキーのボトルは珍しいと思います。なので、今回、先生のところからこちらを譲っていただいてきました。 250周年の時に発売された、ミニミニポートランドの壺オーナメント
最近、日本ではなかなか、英国製のジャスパーが手に入らない状況のようです。とても手の込んだ職人技、イギリスでも、壺のような大作を作れる職人さんは数名しかいないそうです。
そして、そして、お決まりの?中国製に移行していっている、とか・・・。ちょっと残念ですね。ウェッジウッド 買取
2010年3月23日放送|開運 なんでも鑑定団「in 愛知県豊川市」
ジャスパーウェアの壺
●ジャスパーウェアの壺
●鑑定士(阿藤芳樹)の出した金額:\800,000

査定無料お気軽にどうぞ美術品のご売却は、美術品買取専門のアート買取協会へ。6つの強みで安心とご満足をお届け致します。絵画・美術品売却はこちらから無料買取査定フォーム
女性ウィッグ 通販

美術品買取の地域|出張無料査定

北海道
|青森|岩手|宮城|秋田|山形|
|福島|茨城|栃木|群馬|山梨|
東京神奈川|埼玉|千葉|
|新潟|長野|富山|石川|福井|
愛知|岐阜|静岡|三重|
大阪|兵庫|京都|滋賀|奈良|和歌山|
|鳥取|島根|岡山|広島|山口|
|徳島|香川|愛媛|高知|
福岡|佐賀|長崎|熊本|大分|宮崎|鹿児島|
|沖縄|