ニキ・ド・サンファルのリトグラフ|高額査定を受ける為に知っておきたい事前知識・価値
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ニキ・ド・サンファルのリトグラフ

当時、ニキ・ド・サンファルはイタリアのトスカーナにタロットカードを題材とした12個の彫刻宮殿を造るプロジェクトに着手していた。女神の半身を持つスフィンクスの像が彼女の棲み家で、女神の大きな乳房の寝室の中で眠り、胴体内の居間兼アトリエで制作するという。
ニキの版画に「Witch's Tea Party(魔女たちのティー・パーティ)」という作品があるが、私はそのパーティーに招かれてしまったらしい。さらに新入りの魔女の一員として、宴を開くカードを手渡された、そんな気もしている。
カラフルで、エスプリあふれる女性像などで知られる,フランスの造形作家ニキ・ド・サンファル。1981年6月、1枚のアーティスト・ポートレイトを撮影するためにパリ郊外の自宅を訪ねたのが、私とニキとの最初の出会いだった。
自らの彫刻の中で暮らす究極のアートの創造者は、大胆にして、きわめて繊細、何よりも自由な発想の持ち主で、その世界に魅せられた私は、以来10数年に渡り、ヨーロッパ各地で彼女とその作品を追い続けた。
  ニキ・ド・サンファルの没後、正面から撮影された肖像が極めて少ない生涯であったことを知らされた。彼女と幾度かフォトセッションを重ねたことが奇跡のようだ。
1930年パリに生まれる。アメリカへ移住し、1947年からモデルとして活動、数々のファッション誌の表紙を飾る。1952年パリに転居し、演劇学校に入学。神経衰弱に陥り、精神医療の一環として絵を描き始め、芸術家を志す。
1961年絵の具を詰めた物を埋め込んだ石膏レリーフを銃で撃ち、弾丸が当たれば絵の具が飛び散るという最初の射撃セッションで一躍注目を浴び、ヌーヴォー・レアリスムのメンバーとして招かれる。
射撃絵画を2年で中止し、1963年に「出産する女」「娼婦」「魔女」「花嫁」といった女性像をテーマとした作品シリーズを制作。1965年友人の妊娠からインスパイヤーされ、毛糸と紙張子で、後にニキの作品の代名詞となる最初の〈ナナ〉を制作。
1971年にティンゲリーと結婚。1994年ニキのコレクターYoko増田静江が、那須高原にニキ美術館を開館。1978年タロットカードをモチーフとした作品を配した彫刻庭園《タロット・ガーデン》の建設に着手し、20年の歳月をかけてイタリアのトスカーナに完成させる。1998年初来日。2000年高松宮殿下記念世界文化賞彫刻部門を受賞。2002年永逝(享年71)。洋画 買取
2013年11月5日放送 |開運 なんでも鑑定団 「IN 静岡県清水町」
ニキ・ド・サンファルのリトグラフ
●ニキ・ド・サンファルのリトグラフ
●鑑定士(永井龍之介)の出した金額:\400,000
【鑑定士総評】
30代後半から依頼品のような絵手紙による版画を数多く作っている。日常のことが書かれており、全体としてニキ自身の想いや当時のアメリカの情勢について知ることができる、ニキの代表的作品と評価できる。
 
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