東山魁夷の世界|高額査定を受ける為に知っておきたい事前知識・価値
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東山魁夷の世界

いつの頃からか東山魁夷の世界を尊敬していた。京都時代、新京極通りの映画館で東山魁夷の映画を観たこともある。昭和54年12月8日公開となっているから、その頃にきっと観ていたのだろう。
いま手元に残っている魁夷のいちばん古い本は『唐招提寺への道』(新潮選書)で、これが昭和51年の印刷となっているから、まさにわたしが京都で暮らし始めた頃から魁夷の影響を受け始めていたと思われる。23年前のことだ。 唐招提寺へはその頃何度かわたしも足を運んでいる。広い境内といい、金堂の見上げれば見上げるほどその大きさに驚く仏像といい、そして何と言っても唐招提寺といえば、鑑真和上のことであろう。
その鑑真和上像のある御影堂内に展開される、東山魁夷制作による障壁画はあまりにも有名である。宸殿の間の「涛声」は、ここ山口県日本海側の青海島が舞台となっている大作だ。 いったい東山魁夷の世界とは何なのか、その原点はやはり「わが遍歴の山河」を読めば、自ずとみえてくる。戦後の日本に課せられた復興は、単に経済復興だけではなかった。
荒廃したのは焼け野原だけではない。日本文化の魂とでもいうべき、人心の内にその問題は残された。「京洛四季」シリーズにも、荒廃してゆく人心への絶望と鎮魂が複雑に絡まっている。単に美の追求なんかではないのだ。魁夷が画家としてだけではなく、ひとりの悩める思想家でもあったのは、名著『風景との対話』でも明らかである。沈痛な思いで絵筆を執り、その反骨精神はむしろまっすぐに風景にのみ向けられた。けっして人物画へは向けられなかったのである。そして、その風景は写真のようには決して現実を捉えたようなものではなかった。 
白い馬の見える風景においては、むしろ珍しい風景シリーズということになる。『水辺の朝』(1972年)、『若葉の季節』(1972年)、『緑響く』(1972年)、『白馬の森』(1972年)、『渚の白馬』(1972年)、これらの白馬シリーズはみなどれも同じ頃に描かれたもので、魁夷自らその珍しさを告白している。
「戦後、点景を排除した風景を描き続けて来た私にとっては単純に画面効果のために、白馬を添えるということは考えられない。...... 白馬は、明らかに点景ではなく、主題である。」(東山魁夷画文集「白い馬の見える風景」より、新潮社)と魁夷は語る。そして、白馬は心の切実な祈りであると言う。それら白馬シリーズの1作ごとに、魁夷は詩さえ付けている。東山魁夷 季の詩 8月はコチラよりご確認下さい。
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