荻須の作品を鑑賞する|高額査定を受ける為に知っておきたい事前知識・価値
絵画 買取

荻須の作品を鑑賞する

荻須高徳は1901年、愛知県稲沢市に生まれた。20歳で上京、東京美術学校(現・東京芸術大学)の西洋画科で藤村武二に学ぶ。1927年卒業後、先輩の佐伯祐三を頼ってフランスに渡る。第二次世界大戦中の一時帰国を除いて生涯の大半をパリで過ごす。
パリの歴史を刻んだ古い町並みや広告の沢山貼ってある壁など、パリの下町を中心に描き続けた。1956年にレジオン・ドヌール勲章(フランス)、1986年に文化勲章(日本)などを受賞、日仏の文化交流にも寄与し両国で高い評価をされている。1983年稲沢市荻須記念美術館が開館。1986年パリのアトリエで制作中に死去。パリのモンマルトル墓地に埋葬されている。
生誕110年記念 荻須高徳展 2011年11月30日(水) 稲沢市荻須記念美術館 荻須さんの誕生日なので久し振りに荻須展見に行って来ました。昼過ぎ到着で人はまぁまぁ入ってました。だいたい見慣れた絵が多かったですが、気に入ってる絵がなかったのでちょっと残念。初めて見る人物画など展示されてて興味深かった。あとエイの絵がなんか、笑ってしまった。
市制50周年/会館25週年記念 荻須高徳展 2008年11月30日(木) 稲沢市荻須記念美術館 荻須氏誕生日なので荻須高徳展を見に行くことに。朝から行ったら既に人がまぁまぁ来ていてさすが皆さんご存じなんだなと。市制50周年/会館25周年記念でもあるせいなのか冊子パンフレットを頂けてとても有り難かったです。
没後20年 荻須高徳展 2006年11月30日(木) 稲沢市荻須記念美術館 本当は昨日行く予定だったのですが諸事情の為本日に、そうしたら11月30日は荻須さんのお誕生日ということで観覧料が無料になってました。先に版画展を見たのですが、やはり油絵のあの色具合が好きなんだなぁと再確認してきました。
年代順に作品が並んでいて作品の変化は有るんだろうかと思いながら見てたんですけど、自分には取り立てて違いが見受けられないように感じた、ただ初期の作品の空には青っぽい色が混じっているのに後になるとそれが見受けられなく、その代わり建物の壁色には鮮やかな色が目立ったように感じた。色がきらきらしててすごく良い感じなんですよね。
その暗く重いどんよりとしたパリの空と建物の鮮やかな色合いが自分の好みに合っているのかなぁと思ったりしている。やはり絵は生で見ないとパワーを感じないと云うのも再確認してきた。
没後20年マダム荻須監修 荻須高徳 全版画展 2006年11月10日(金) マツザカヤホール 生涯制作された全版画166主題を、マダム荻須監修のもと一堂に展観とのことで見てきました。166点もあるとそれはなかなか大規模な展示で、リトグラフはあまり見たことがなかったので初めて見るものも沢山ありました。リトグラフはまた印象が違うものだなぁと思いました。がっつりと油絵作品が見たいなぁーと思わされてしまった。近いうちに荻須記念美術館へも出向かないとっ!
常設展 2005年5月15日(日) 稲沢市荻須記念美術館 ちょっと凹んでたので元気になりたくて、久々に荻須さんの絵がものすごく見たくて見てきました。やっぱり好きだなーと痛感。絵を見ながらにやけてしまっている自分を感じてました。新収蔵品ということで今年4月から「果物屋」「オー・ボン・ヴィヴァン」の2点が新たに展示されたそうです。
過去の展示出品で2点とも見てるんですが、「果物屋」の緑色も「オー・ボン・ヴィヴァン」の黄色も心に入り込んでくるようで凄く好きな作品なのでまた見ることが出来て嬉しかったですね。絵を見て癒されてほっとして幸せな気分で元気になれました。そんな不思議なパワーを持ってるのが私にとっての荻須さんの絵です。
生誕100年記念 荻須高徳展 2001年 7月15日(日) 松坂屋美術館 久しぶりに生で鑑賞した荻須高徳作品はやっぱり素敵でした。私は普段、美術鑑賞などとはほとんど無縁の生活をしてます。時折、有名画家の美術展には足を運ぶ事はありますが、ゴッホ、ピカソ、ルノアール、今思い出せるのはこれぐらいですか。見たこと有る絵だなと思う程度で、感銘を受けることはなかった。
しかし、1989年にはじめて見に行った荻須高徳展にて感銘を受ける。これより私の中で荻須高徳は私に感銘を与えた画家と言うことで唯一の存在となった。この出会いはほんとうに偶然でしかなかったが、荻須さんが稲沢出身で稲沢に美術館が有ることを知ったときも驚いたモノだった。そんな偶然も加味されて私が唯一好きだとも感じる画家が荻須高徳となったのである。
作品のほとんどがパリの町並みで、一見すれば何処にでも有るような町並み、そして同じような町並み。ほんとキャンパス一面ただ壁を描いてるだけなのに、どこか鑑賞していると心がホットする。私的には戦後の作品が雰囲気が明るくて好きです。パリの空は曇っていてどんよりしてるのに明るい感じがするんです。ほんと好きだよ~荻須さんの絵♪
荻須がパリに頼っていった先輩の佐伯祐三の作品はどこか悲しい感じを受ける。1898-1928という30年の短い生涯が更にそう感じさせているのかも知れない。佐伯も荻須と同じようにパリの町並みを描いているが、ただそれぞれの作品から受ける印象はまさに明と暗に感じる。佐伯に影響を受けていてただろう初期の作品は荻須も暗い印象がある。
しかしだんだんと明るくなって行く。荻須は本当に描くことが幸せで、作品からは絵を描くことへの挫折や苦節など感じさせない。生涯ずっと恵まれ幸せであったのではないだろうか?そんな風に思える。だから荻須の作品を鑑賞することで私は幸せを感じるのかも知れない。
美術館前ではパリでの晩年の荻須のビデオが流れていた。まるで子供のような笑顔で笑う素敵なおじいさまといった感じだ。ほんとに絵を描くことが好きで人生の最期まで描き続けた人だ。こんな風に生きられるのは幸せだなと感じた。荻須高徳 ボールガール通りはコチラよりご確認下さい。
査定無料お気軽にどうぞ美術品のご売却は、美術品買取専門のアート買取協会へ。6つの強みで安心とご満足をお届け致します。絵画・美術品売却はこちらから無料買取査定フォーム

この情報記事と内容が近い情報記事をご紹介しております

女性ウィッグ 通販

美術品買取の地域|出張無料査定

北海道
|青森|岩手|宮城|秋田|山形|
|福島|茨城|栃木|群馬|山梨|
東京神奈川|埼玉|千葉|
|新潟|長野|富山|石川|福井|
愛知|岐阜|静岡|三重|
大阪|兵庫|京都|滋賀|奈良|和歌山|
|鳥取|島根|岡山|広島|山口|
|徳島|香川|愛媛|高知|
福岡|佐賀|長崎|熊本|大分|宮崎|鹿児島|
|沖縄|