年を重ねても創作意欲は衰えず|高額査定を受ける為に知っておきたい事前知識・価値
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年を重ねても創作意欲は衰えず

片岡球子さん死去103歳異端の日本画家、ゲテモノ扱いから文化勲章受章者に「富士山」や歴史上の武将や画家を題材にした「面構(つらがまえ)」シリーズなど、奔放な色彩と大胆なデフォルメ(変形)で独自の画境を切り開いた文化勲章受章者の日本画家、片岡球子(かたおか・たまこ)さんが急性心不全のため死去した。103歳。札幌市出身。
自宅は神奈川県藤沢市辻堂東海岸1の19の38。葬儀は近親者のみの密葬で行われた。喪主は実弟邦三(くにぞう)氏。札幌市内の造り酒屋の長女として生まれた。地元の高等女学校を出て上京。東京の女子美術専門学校(現女子美術大)時代、絵の道を志し、卒業後は横浜市内で小学校の教諭と画業を両立させた。
1930(昭和5)年、25歳で院展に初入選したが、その後10年ほど落選が続き、「落選の神様」と呼ばれたことも。日本画的な洗練さを欠いた野性的な作風は時に「ゲテモノ」とも評されたが、故小林古径氏、故安田靫彦氏、故前田青邨氏らの助言もあって熱心に描き続け、院展を拠点に地歩を固めた75年、日本芸術院恩賜賞を受賞。
82年に日本芸術院会員、86年に文化功労者に選ばれ、89年には女性で5人目の文化勲章を受章した。同年、中日文化賞も受賞。中部美術界への貢献も大きい。66年、61歳で、開学したばかりの愛知県立芸大の日本画科主任教授に着任。
大学の基礎作りや後進の指導、法隆寺の壁画の模写作業をけん引した。ライフワークとなった「面構」シリーズは、この年から制作された。73年から同大客員教授。96年には、同大美術学部のために1億円を寄付し、話題になった。
年を重ねても創作意欲は衰えず、99歳で迎えた2004年秋の院展にも「面構」の新作を発表。翌05年4月、神奈川県立近代美術館葉山館で開かれた100歳を記念した回顧展の開会式に出席したが、その後体調を崩しがちだったという。片岡球子 柿はコチラよりご確認下さい。
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