林武の世に出る前の油彩画|高額査定を受ける為に知っておきたい事前知識・価値
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林武の世に出る前の油彩画

歯科医や文士を志した後、画家を目指した林武は、24歳になって日本美術学校へ入学しましたが、わずか一年で退学を決意しました。描くことを一度捨てる ことで得たものは、それまで抱いたことのなかった、絵画表現に対する自然の欲求であり、以降は描くことだけに邁進しました。
そのように苦悶していた時代、 正に創作の出発点となった1920年(大正9年)に制作されたこの作品は、繊細にして力強さのある画風に、後の栄達を偲ぶことが出来ます。この当時、東京 府松沢村(現在の松原から上北沢の辺り)に、小さなアトリエを構えた画伯は、岸田劉生やセザンヌに傾倒していました。
その周辺を描いたと推察されるこの作 品は、畑の向こう側に閑散とした家屋が連なる、当時の東京郊外の風景がありのままに写し取られています。(この年の松沢村の人口は3,000人弱) 部分的に重厚感のある絵肌と、軽妙な描線を使い分けた筆致は、対象を簡略化して捉えているにも関わらず、長閑な寒村の雰囲気を的確に表現しています。
青年 期に描かれたこの絵には、画伯が傾倒した巨匠画家たちの影響が感じられ、フォービズムを基調とした円熟期とは全く異なる魅力があります。そして、時間の経 過と共に古色を帯びた色彩は、一段とその味わいを深め、鑑賞者の心の奥底に優しく溶け込んでいきます。この年代の林武の油彩画が市場に出てくることは非常 に珍しく、洋画ファンの方にとって大変希少なコレクションになるに違いありません。 林武 買取
  • コペルニックE林武
    コペルニックE
  • 女の顔林武
    女の顔
  • 立てる舞妓林武
    立てる舞妓
林武の性格(特質)を現したものがある。 「・・・・・父は絵一筋の人でしたから、いわゆる家庭の父親のイメージとは少し違っていました。ときたま、父と二人きりで食事をすることがあっても、父の 話することは難解な宇宙論や抽象論ばかり。現実的な話はほとんどしませんでした。もちろん私にはさっぱりわかりませんでした。
『おやじさんは芸術家なんだ から』と、小さいころから父の言動をそうやって解釈してきました。何か別世界の人といった感じでした。・・・・・」(「主婦の友」昭和50年8月号"画壇 の巨星林武氏逝く"「父を振り返る」林滋)
「林先生はスケッチブックに四角に三角を乗せた家のようなものを描いて、閑先生にいろいろ説明をしておられたが、さっぱりわからなかった。閑先生は時々私 を見て「わかるか?」というような眼つきをした。林先生には独特の哲学的な理論があるのだそうで、それは絵描きの中でもかなり知られているとか。・・・」
2012年2月14日放送|開運 なんでも鑑定団「in 大阪府泉佐野市」
林武の油絵
●林武の油絵
●鑑定士(永井龍之介)の出した金額:\1,200,000
【鑑定士総評】
24.5歳頃の画家として世に出る前の作品。 T.Hayashiのサインは大正末のこの時代にしか書いてない。
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