山下清の貼り絵とソニコンロケット|高額査定を受ける為に知っておきたい事前知識・価値
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山下清の貼り絵とソニコンロケット

先日、東京の日本橋三越で開催されている「生誕90周年記念 山下清展」を見に行きました。大人気の山下清さんの展覧会だということもあると思いますが、私が行った時間がお昼の頃だったということもあって、7階の展覧会場にはたくさんのお客さんが来ていました。
会場には、清さんの小さい頃に友達だったという、とんぼや蝶などの昆虫を観察した貼り絵作品から、「放浪」の時代の日本各地の美しい風景の貼り絵、線路を歩いたりトンネルを潜ったりしているところの鉛筆画、ゴッホ的な「自画像」の貼り絵、放浪生活を終えることになってしまった。
正式な「画家」になってからの日本各地の貼り絵や、ヨーロッパへ旅行をした時の、フランスのパリやイギリスのロンドンやスイスの山やチューリッヒやオランダのアムステルダムの町の貼り絵、染め付けのお皿や坪などの焼き物、乾きが遅いことからあまり好きではなかったというキャンバス地に描いた油彩画や紙皿に描いた油彩画、水彩絵の具で色を付けたペン画、晩年に制作を始めたという版画。
ペン画の「東海道五十三次」、また、清さんが実際に使っていたというリュックサックや勲章や名前の入った認識票、浴衣、「放浪日記」のノートなど、展覧会のチラシによると、山下清さんに関する約150点のものが展示されていました。展示の仕方も見やすく、見応えのある展覧会でした。
山下清さんのことを私が最初に知ったのは、芦屋雁之助さんが山下清さんを演じていたドラマ「裸の大将」だったのですが、その後は、美術番組などで何度か特集されているのを見たことがあります。
また、「影絵の森美術館」という、山梨県の昇仙峡というとてもきれいな渓谷の途中にある影絵作家の藤城清治さんの作品が展示されている施設にも、山下清さんの貼り絵作品が展示されていて、私はずっと以前に一度そこへ行ったことがあり、作品も見たことがあるはずなのですが、良かったという印象は残っているものの、細かい記憶は曖昧になってしまっていました。
それなので、昨年末に日本橋三越で「山下清展」が開催されるということを知ってから、見に行くのを楽しみにしていました。今回、実際の作品を近くで見ると、色紙のちぎり方や細かくて立体的な貼り方などの技術の高さは確かに本当にすごいのです。
それよりも、清さんが実際に見て美しいと思ったり好きだと思ったりした風景や、印象深かった光景などを、本当の正直な気持ちで描いていたのだということが、私にも良く伝わってきて、それがとても良かったです。
「ラジオ体操」や「寝る支度をしているところ」などの生活の絵も、「高射砲」や「鉄条網」などの戦争の絵も、素直な絵なのだと思いました。
会場には、展示されている作品の隣に、全部の作品にというわけではないのですが、作品についての清さんの言葉が書かれているパネルがあり、それを読むのもとても楽しかったです。
以前の村山槐多(かいた)の展覧会や、岡本太郎の展覧会や、先日の松本俊介の展覧会でもそうだったのですが、作者の言葉がとても良くて、作品を見るのと同じくらい、展示されている作者の言葉を読むのも、とても面白いのです。
有名な「長岡の花火」も「桜島」も展示してありました。やはり色合いがきれいで、とても細かくて、すてきな作品なのだということを改めて思いました。
「ソニコンロケット」という貼り絵の作品が"初公開"されていたのですが、この作品は清さんが、増田屋コーポレーションというおもちゃ屋さんへ行った際、ソニコンロケットという笛の音に反応して動くおもちゃを気に入って、会社へ贈ったものだそうです。
私は、以前、テレビ東京の「なんでも鑑定団」に出品されているのを見たことがありました。絵は、子供たちといる山下清さん自身が畑の中で笛を吹き、青空の中にソニコンロケットを飛ばして操縦しているというものです。
ソニコンロケットと笛の実物が展示されていたのですが、本体は20cmか30cmほどの大きさで、絵とそっくりの青いものでした。ミニサイズのものも展示されていたのですが、これは側面が淡い水色の市松模様だったような気がします。
山下清さんは、1922年(大正11年)3月10日に東京の浅草に生まれ、関東大震災後に重い消化不良の病気になり、軽い言語障害が残ったということでした。
千葉の八幡学園に入学後、貼り絵を行うようになり、1940年の11月中旬から放浪を始めたそうなのですが、1953年にアメリカの雑誌に天才少年画家として紹介され、国内で捜索されて、放浪生活を終えることになり、それから本格的に画家として活動することになったそうです。
日本各地やヨーロッパの町を歩いて創作を続け、1971年の7月10日、「今年の花火見物はどこに行こうかな」と話していた後、突然の脳出血により、49歳で亡くなってしまったそうです。
私は、山下清さんは、もっと一人で放浪生活を続け、自身で各地の好きな場所を見つけて絵を描きたかったのだろうと思っていました。それなので、連れ戻されたり、マネージャーのような先生たちに場所を指定されたりするのも、窮屈だったのではないかと思っていました。
でも、「東海道五十三次」の「筆捨山」のところで、「描きたいところを描くこともあるし、描けといわれて描くこともあるけど、書き出せばどっちでもおんなじ」と言っていたのを読んで、少し安心しました。本当に絵を描くことが好きな人だったのだと思いました。
油絵も、陶磁器も、私は見たことがなかったので、新鮮でした。大文字焼の絵のものも良かったのですが、ムーランルージュを鮮やかに描いていたものも良かったです。
油絵のカラフルな「群鶏図」は、伊藤若冲の「群鶏図」を下地にした作品のようでした。清さんが題材を選んだのでしょうか。清さんはゴッホの作品の他に、伊藤若冲の作品も好きだったのかなと思いました。
展覧会場の最後には、昔のドキュメンタリー映画?の映像が流れていて、そこにもたくさんのお客さんが集まっていました。今回も、会場を出た後、私は時計を見て、見るのに時間が掛かってしまっていたことに驚いたのですが、疲れた感じはしませんでした。
作品が明るい性質のものだったためかもしれません。デパートの展覧会なので会期が短いのですが、今回の「山下清展」を、私も見に行くことができて良かったです。面白い展覧会でした。洋画 買取
  • 花火山下清
    花火
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2011年6月14日放送|開運 なんでも鑑定団
山下清の貼り絵とソニコンロケット
●山下清の貼り絵とソニコンロケット
●鑑定士(北原照久、 永井龍之介)の出した金額:\6,200,000
【鑑定士総評】
現実と非現実がクロスしたような、まさにファンタジーあふれる山下ワールド。機体の青と山や川・田畑の青の響き合いが素晴らしく、またこの青と、周囲の黄色や茶色と言った暖色系の色遣いとの補色関係が画面を引き締めている。ソニコンロケットは玩具コレクター垂涎の一品だが、海外に多く輸出されたものが日本に結構入ってきており、今の値段は20万円。付属の笛を入れる小箱まで残っているのが素晴らしい。絵が600万円。山下の貼り絵は色がやけたり飛んだりして劣化していることが多いが、これだけ良い状態の物は珍しい。
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