八代目藤田重良右衛門作 水指|高額査定を受ける為に知っておきたい事前知識・価値
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八代目藤田重良右衛門作 水指

越前焼はかつては生活用具のみを作っていたが、昭和46年に越前陶芸村が開設されてから茶道具を作るようになった。藤田重良右衛門(ふじたじゅうろうえもん)は織田町の焼物師で、昭和20年に終戦したときに唯一残った窯元である。
司馬遼太郎の紀行文学「街道をゆく」にも大きな甕を作っている描写がある。越前焼の赤は独特である。通常は窯を炊き上げる際に、薪の入れ場である窯口を塞いで蒸し焼きにしてしまう。
ところが越前焼は煙道と言って、煙突から風を入れて冷やしてゆく。そうするとあの独特な赤味がでるのである。他の窯にはこのような技術はない。底には楷書の十のような銘。
重良右衛門(じゅうろうえもん)さん、正式な名前は藤田重良右衛門さんという。日本六古窯の一つである越前焼の窯元の、当主の名前だ。窯の名前は平等(たいら)窯といい、町村合併の前までは福井県丹生郡織田町(現在は越前町になった)
平等で代々、作陶の技を伝えてきた。司馬遼太郎の名作「街道をゆく」~越前の諸道~には、「重良右衛門さん」と、項目を立てて紹介されている。
この中で司馬遼太郎は、越前焼が常滑の系譜であることや、平安時代のつぼや甕作りの古法が、この平等窯だけに残ってきたのを「奇跡と呼んでいいのではないか」と記している。
私が、8代目藤田重良右衛門さんの仕事場を初めて訪れたのは、今から30年余り前になる。その奇跡の技法である「輪積み技法」を見せて貰うために訪れたのだった。
輪積み技法というのは、ろくろを使わずに、身長ほどもある大きなツボなどを作り上げる技法のことだ。司馬遼太郎の表現を借りると「大型のニシキヘビほどに丸く長くした粘土を自分に巻きつけるようにして、自分がろくろになり器物の周りをしなしなと回って成形」する技だ。
優れた職人の持つ無駄のない動きに魅了されたのは勿論のこと、素朴で飾らない人柄に触れて、すっかりファンになってしまった。以来、酒の好きな藤田さんを喜ばせたくて、いい酒が手に入るとお宅に持っていったり、窯焚きが始まると応援のために顔を出したりして、付き合いを深めさせてもらった。
織田町には劔神社という古社がある。織田信長は、この神社の子孫といわれている。この地で、藤田さんの先祖は、半農半陶の暮らしの中で、つぼや甕などの生活雑器を作ってきた。
越前焼に茶人の指導は入らず、藩が保護したりしたということもない。暮らしは決して豊かとはいえなかったようだ。 茶道具 買取
2012年12月4日放送  |開運 なんでも鑑定団「IN 福井県鯖江市」
八代目藤田重良右衛門作 水指
●八代目藤田重良右衛門作 水指
●鑑定士(中島誠之助)の出した金額:\300,000
【鑑定士総評】
越前焼は昔は茶道具を一切作っていなかったが、昭和46年に越前陶芸村が開設されてから作るようになった。藤田重良右衛門は終戦時にたった一軒しか残らなかった窯元。依頼品は実に作が細やか。窯の中に空気を送り、風を入れながら冷やしていく越前焼だけの技術で独特の赤みが出る。
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